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家をなくし家族を亡くした自分だから伝えられること 語り部・横山和佳奈さん 震災・原発事故から15年

東日本大震災から15年。あの日、家族も学校も津波に奪われた女性には、自らの言葉で伝えたい事がある。

■震災を自分事に
福島県双葉町にある「東日本大震災・原子力災害伝承館」。開館まもない5年前からこの施設で働く横山和佳奈さん。
「ここでどんな悲しい事があったのかを知って『へ~』で終わっちゃダメだと思う。自分の身に降りかかったら『何が出来るだろう』というところまで考えてほしい」と語る。

昨年度の入館者は約8万6500人。これまで最も多かった前の年より7000人ほど減少したが、今年度は北海道・三陸沖後発地震注意情報の発表などで災害への関心が高まり入館者は9万人ほどに増える見込みだという。
横山さんは「伝承館に来ていない家族や知り合いに『こういうのを見たのだけど、あなたならどう考える』という風に、さらに輪を広げていって欲しい」という。

■祖父母を津波で亡くす
横山さんの故郷は、津波による死者・行方不明者が180人を超える浪江町。震災当時は小学6年生、祖父母を津波で亡くした。
2014年の夏、高校生になったばかりの横山さんは、自宅のある請戸地区を訪れた。ここを訪れるのは震災後まだ2回目。原発事故の影響で、請戸地区は15歳未満の立ち入りが制限されていたためだ。

自宅があった場所は、津波などの被害を防ぐ防潮林に変わっていた。
横山さんは「どうしても"無いもの"に目が向いてしまう。人も増えて欲しいし、お店も増えて欲しいし、もっと賑やかな町になってくれたら良いなって」と話す。

■やっぱり請戸が故郷
2026年2月、請戸地区で行われた「安波祭(あんばまつり)」。300年以上続く伝統行事で豊漁や豊作を願って神楽と田植踊が奉納される。
この日、横山さんも10才から踊ってきた田植踊を披露した。
「請戸地区が震災前の通りに戻ることはもうない。でも、こうして神社が建って人が集まってくれるだけでも、震災前の請戸地区を感じることができる。このままお祭りが続いて欲しい」と横山さんは言う。

戻った人は震災前の約1割に留まる浪江町。しかし、この日は多くの人が集まり、笑顔が戻っていた。
横山さんは「請戸がやっぱり私にとっての故郷ですし、心が落ち着く場所」と語る。

■経験を伝える
横山さんの母校・請戸小学校は、海から約300メートルのところにある。発災時は、帰りのホームルーム中。残っていた82人の児童は、学校から約1.5キロ離れた大平山に避難した。児童全員が助かり「奇跡」と呼ばれている。
横山さんは「先生に指示をされなくても、上級生が自主的に下級生のサポートをしていた。そういった絆の強さは大きかったのかな」と振り返る。

横山さんは、月に1回ほど『語り部』として、この経験を伝えている。

「2011年6月と7月に警察から電話が来ました。遺体の状態が良く無いので火葬してあります。なので、遺骨を取りに来てください』って言われたんです」

真剣な表情で話を聞くのは、震災を知らない中学2年生。

「津波の情報が出たらすぐ避難してください。私のおじいちゃんは当時80歳。80年間、請戸地区に津波は1回も来ませんでした。だから今回も来ないと思って避難しなかったんです。そういった思い込みで亡くなってしまった方、残念ながら沢山います。皆さんはそういう事をしてはいけません。絶対ダメです」

話を聞いた生徒からは「家族と地域の避難場所について話してみたい」「津波や地震の怖さを改めて感じることができた」と話す。

■自分だから伝えられること
横山さんは「家をなくし家族を亡くしている自分だからこそ『無念さ』とか『悔しさ』みたいなものはダイレクトに伝えることができるのかなと思う。こういう体験があったからこそ、皆には同じ経験をして欲しくない。皆は自分自身の命も、家族の命も失ってほしくない」と語る。

横山さんは15年前の経験と、命の尊さを自らの言葉で語り継ごうとしている。