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私にも責任が...妻と娘が津波の犠牲に 「ここは被害のないところ」日ごろの会話を後悔 15年抱え続けた思い

福島県いわき市の鈴木順一さん(68)。3月11日は必ず、墓前に花を手向ける。妻子を津波で失い「2人には申し訳なかった」と自分を責め続ける15年を過ごしてきた。
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妻と娘が津波の犠牲に
福島県いわき市平薄磯地区。震災で115人が犠牲となった。鈴木さんの妻・富士子さん(当時52)と、埼玉県の大学から帰省していた娘・夏美さん(当時19)は、いわき市内で地震に遭い、帰宅途中の薄磯地区で津波に巻き込まれた。
鈴木さんは「もう思い出さない日はないです。毎日やっぱり。娘のことはずっと四六時中頭の中にある。娘と再会した時には『怖かったろうな。冷たかったろうな』って声をかけた」と話す。

剣道の稽古に励む娘の姿
小学1年生から高校3年生まで剣道に打ち込んでいた夏美さん。稽古に励む姿が忘れられない。「娘が高校の時に着けていたゼッケン。ずっと娘のゼッケンを着けて稽古していた。いつでも近くに感じていたというのもあるし」と語る。

心から離れない「後悔」
あの日から15年。ある「後悔」を抱き続けている。「家内には、地震あったっていわきは津波の災害がないところだから大丈夫っていうのは、常日頃話していたんですよ。だから半分私にも責任がある。2人には申し訳なかったなっていうのは、ずっとこれは頭から離れない、心から離れないです」と話す鈴木さん。
「地震があったら、とにかく『海岸には近づくな』と。あとは、まず自分の身の安全を優先してとにかく高台にとりあえず避難する」と語る。

妻と娘の分まで
いわき市で行われた追悼式。午後2時46分、鈴木さんは静かに祈りを捧げた。「少しでも元気で家内の分も、娘の分も長生きしなきゃいけないと思って、これからもずっと頑張っていきたいと思います」
3月11日。鎮魂の祈りを捧げる一日となった。


























